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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)295号 判決 1998年4月08日

東京都板橋区前野町2丁目36番9号

原告

旭光学工業株式会社

代表者代表取締役

松本徹

訴訟代理人弁理士

三浦邦夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

石井勝徳

吉野公夫

田中弘満

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成4年審判第23753号事件について、平成7年9月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年10月15日、同年12月27日、平成元年4月7日にそれぞれした特許出願に基づく国内優先権を主張して、平成元年10月13日、名称を「カメラ用ズームレンズの制御方法およびズームレンズ鏡筒」(平成5年1月18日手続補正により「カメラ用ズームレンズの制御方法」と変更)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願平1-267695号)が、平成4年11月18日に拒絶査定を受けたので、同年12月17日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成4年審判第23753号事件として審理したうえ、平成7年9月21日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月15日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

フォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行ない、このズーミングによって生じる焦点移動を、上記フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正するカメラ用ズームレンズにおいて、

ズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を有限距離に設定して、該基準物体距離では、フォーカスレンズ群を固定し、

上記基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、基準物体距離以外の物体距離では、段階的に検出される焦点距離情報および被写体距離情報に基づき、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて最短撮影距離から無限遠までを有限段数に分割したAF停止位置のいずれかに停止させることを特徴とするカメラ用ズームレンズの制御方法。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、実願昭62-22685号(実開昭63-130714号)の願書に添付した明細書及び図面(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)並びに特開昭60-6914号公報(以下「引用例2」といい、そこに記載された発明を「引用例発明2」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明と引用例発明1との一致点(審決書9頁18行~10頁11行)及び相違点b(同10頁末行~11頁7行)の各認定並びに相違点a、b及び本願発明の効果についての判断は争い、その余は認める。

審決は、引用例発明1、2の技術事項を誤認して、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点bの認定を誤り(取消事由1、2)、相違点a、bについての判断及び本願発明の効果についての判断を誤った(取消事由3~5)結果、本願発明が引用例発明1、2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明1とが、「フォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行ない、このズーミングによって生じる焦点移動を、上記フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正するカメラ用ズームレンズにおいて、

基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、基準物体距離では、フォーカスレンズ群を基準位置から動かさず、基準物体距離以外の距離では、焦点距離情報および被写体距離情報に基づき、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させてAF停止位置のいずれかに停止させることを特徴とするカメラ用ズームレンズの制御方法。」(審決書9頁19行~10頁11行)である点で一致すると認定したが、このうち、「フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させてAF停止位置のいずれかに停止させる」との部分は誤りである。

すなわち、本願発明は、フォーカスレンズ群を、段階的に検出される焦点距離情報及び被写体距離情報に基づき、有限段数に分割したAF停止位置のいずれかに停止させるズームレンズにおいて、このようなレンズを制御する場合の焦点距離分割量子化誤差及び被写体距離分割量子化誤差の問題を認識し、その解決を図るものであって、フォーカスレンズ群を完全合焦位置とはずれているかも知れないAF停止位置に停止させることは、本願発明の前提をなす重要な部分である。

これに対し、引用例発明1は、引用例1に、「バリフォーカスレンズにおいて自動的に合焦状態にするために、フィルム面と共役な位置に合焦検出素子を配設し、変倍動作中、上記合焦検出素子の出力に基づいて常時測距を行い、フォーカシング駆動用モータで駆動し常時合焦状態にすることは可能である。」(甲第7号証4頁18行~5頁3行)、「フォーカシングをする場合に、カメラ本体に設けられた自動合焦検出回路(図示せず)の出力に基づいてフォーカス駆動モータ27が回転されると、その回転力が出力歯車26によって歯面25’に伝達されフォーカス駆動枠25が回転する。」(同12頁13~18行)、「即ち、変倍動作時の結像位置ずれは、自動合焦検出回路の出力に基づいてフォーカス駆動モータ27を、変倍動作と共にあるいは変倍動作後に駆動することによって、調整することができる。」(同19頁12~15行)と記載されているように、無段階の完全合焦位置にフォーカスレンズ群を移動させることができるズームレンズを前提とした発明であり、本願発明のように、有限段数に分割したAF停止位置のいずれかにフォーカスレンズ群を停止させざるを得ないズームレンズのもつ焦点距離分割量子化誤差及び被写体距離分割量子化誤差の問題が生ずる余地はない。

したがって、引用例1には、本願と同様な意味での「フォーカスレンズ群を・・・AF停止位置のいずれかに停止させる」概念は開示されておらず、本願発明と引用例発明1とが上記の点で一致するとした審決の認定は誤りである。

2  取消事由2(相違点bの認定の誤り)

審決は、「本願第1発明(注、本願発明を指す。)では焦点距離情報および被写体距離情報が段階的に検出されるとともに、フォーカスレンズ群を最短撮影距離から無限遠までを有限段数に分割したAF停止位置のいずれかに停止させるのに対し、引用例1に記載された発明(注、引用例発明1を指す。)では焦点距離情報及び被写体距離情報の検出態様及びフォーカスレンズ群の停止位置を特定していない点」(審決書10頁末行~11頁7行)を、本願発明と引用例発明1との相違点bとして認定したが、引用例発明1において「フォーカスレンズ群の停止位置を特定していない」とする点は誤りである。

すなわち、上記1で述べたように、引用例発明1は、完全合焦位置にフォーカスレンズ群を停止させることができるズームレンズを前提とした発明であり、フォーカスレンズ群の停止位置は、完全合焦位置という点で特定されているのである。

被告は、本願発明が段階的に検出される焦点距離情報及び被写体距離情報に基づきフォーカスレンズ群を有限段数に分割したAF停止位置のいずれかに停止させるのに対し、引用例1はこのことに言及していないとの趣旨で、審決が「停止位置を特定していない」と認定したものと主張するが、引用例1においては、自動合焦モードでは、フォーカスレンズ群が完全合焦位置に停止するからこそ、その停止位置に言及されていないのであって、言及されていないことと、特定されていないこととは同義ではない。

3  取消事由3(相違点aについての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点a、すなわち、「本願第1発明が基準物体距離を有限距離に設定し、その基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させているのに対し、引用例1に記載された発明では基準物体距離を∞に設定し、距離∞のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させる点」(審決書10頁13~19行)につき、「引用例2にズームレンズにおいて、像面から被写体までの距離が有限距離のとき、焦点合わせ用レンズ群が固定の状態で像面位置が一定に保持されるようにする点、及び物体距離4mからの焦点合わせ用レンズ群の繰出し量がズーム方向となす角度を小さくすることにより、高速の自動合焦をなし得る点が記載されているので、引用例2にはズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を有限距離に設定する点、及びその基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させることが示されている。」(同11頁10行~12頁1行)としたうえで、「引用例1、2ともにズームレンズにおけるフォーカスレンズ群の制御方法に関するものであり、引用例1がフォーカスレンズ群を無限遠の物体距離における位置から移動させるのに対し、引用例2ではフォーカスレンズ群を無限遠の物体距離における位置から移動させるのに換えて有限の物体距離における位置から移動させるようにするものであるから、引用例1記載の発明に引用例2記載の技術を適用してa.のような構成とすることに格別の困難性を見いだすことはできない。」(同12頁2~11行)と判断したが、次のとおり誤りである。

(1)  引用例2に、「本発明は、リアーフォーカシングによるズームレンズの合焦方法に関するものである。通常のズームレンズの焦点合わせは、最も物体側のレンズ群を繰出すことによって行っているが、この方法は、・・・欠点がある。上述の欠点を改善する方法として、ズーミングに際して移動するレンズ群又は像面に近く位置する固定のレンズ群により焦点合わせを行う方法が提案されており、移動レンズ群の軽量化による自動焦点調節の高速化及びコンパクト化が可能となっている。しかしながら上述の所謂リアーフォーカシングでは、焦点距離の変化に応じて同一物体距離に対するレンズ繰出し量が変化する欠点がある。・・・本発明の目的は、所謂リアーフォーカシング方式のズームレンズでありながら、・・・フレーミングを行っている際に移動する可能性が高い被写体に対して、ズーミング中に焦点が移動せず、焦点合わせ用のレンズ群の移動範囲を制限した場合にも円滑なズーミング操作を可能とするズームレンズの合焦方法を提供することにあり、」(甲第8号証1頁右下欄6行~2頁左下欄2行)と記載されているとおり、引用例発明2は、リアフォーカシング方式によるズームレンズ、すなわち「像面に近く位置する固定のレンズ群により焦点合わせを行う方法」を対象としており、「ズーミングに際して移動するレンズ群・・・により焦点合わせを行う方法」は、引用例2においては意識的に除外されている。したがって、引用例発明2は、ズーミングとフォーカシングとが別個のレンズ系で行われるものであり、フォーカスレンズも用いてズーミングをするという技術思想はない。

そして、引用例2には、変倍に寄与する第1~第3群のレンズの後に、変倍には何ら寄与せず、フォーカシング作用のみを分担する第4群のレンズが位置するリアフオーカスのバリフォーカルレンズにおいて、基準物体距離を有限距離に設定し、被写体距離が当該基準物体距離であるとき、第4群のレンズが固定の状態で、すなわちフォーカシング動作をしなくとも、像面位置が一定に保持されるように、変倍レンズ群を相対移動させることが開示されている。このことは、光学的には、被写体距離が基準物体距離である有限距離(実施例では4m)のとき、変倍レンズ群(第1~第3群)のみによって定まる1次像点が像面(フィルム面)とは異なる位置で、かつ、その位置が変倍によって動かないように、変倍レンズ群の軌跡を一義的に定め、移動しないフォーカスレンズ群(第4群)は、倍率一定で、その1次像を像面(フィルム面)にリレーして最終像を得ていることを意味する。被写体距離が基準物体距離以外であるときは、変倍レンズ群(第1~第3群)による変倍で像点が動くので、フォーカスレンズ群(第4群)を移動させてインフォーカスコンディションを得ることになる。

これに対し、引用例発明1は、変倍時にフォーカスレンズ群を含む5群のレンズ群が駆動されて被写体の像を形成し、基準物体距離を∞に設定してあれば、無限遠に合焦しているとき、ズーミングをしてもその合焦状態が変化しないものである。

したがって、引用例発明1に引用例発明2のリアフォーカシング方式の概念を適用しようとして、変倍レンズ群によって定まる有限被写体距離の1次像点が像面とは異なる位置で、かつ、その位置が変倍によって動かないように、変倍レンズ群の軌跡を一義的に定めたとしても、変倍レンズ群の一部であるフォーカスレンズ群でその1次像点を結像面にリレーしようとすると、変倍レンズ群の軌跡自体が変更されてしまうため、結局、引用例発明1に引用例発明2の概念を適用することは不可能である。

(2)  本願発明は、その要旨のとおり、「フォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行ない、このズーミングによって生じる焦点移動を、上記フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正するカメラ用ズームレンズ」を対象としている。すなわち、本願発明のズームレンズは、引用例2が意識的に除外した「ズーミングに際して移動するレンズ群により焦点合わせを行う」レンズである。

また、本願発明は、フォーカスレンズ群を、段階的に検出される焦点距離情報及び被写体距離情報に基づき、有限段数に分割したAF停止位置のいずれかに停止させるズームレンズにおいて、このようなレンズを制御する場合の焦点距離分割量子化誤差及び被写体距離分割量子化誤差の問題を認識し、この量子化誤差を小さくすることを目的として、基準物体距離を有限距離に設定する構成としたものである。すなわち、本願発明が基準物体距離を有限距離に設定することによって得られる効果は合焦精度である。

これに対し、引用例2には「物体距離4mからの焦点合わせ用レンズ群の繰出し量がズーム方向となす角度を小さくすることにより、高速の自動合焦をなし得る点」(審決書8頁3~5行)が記載されており、そこで目的とされているのは、リアフォーカシングのズームレンズにおける合焦速度を速くすることであって、合焦精度は全く問題とされていない。引用例発明2は、フォーカスレンズ群を被写体距離に応じた無段階の合焦位置(完全合焦位置)に移動させることのできるズームレンズを前提としており、本願発明のように、有限段数に分割したAF停止位置のいずれかにフォーカスレンズ群を停止させざるを得ないズームレンズのもつ合焦精度の低下という問題はもともと生じないのである。したがって、引用例2には、このような問題点の開示はなく、また本願発明の構成の開示も示唆もない。

これらの点からも、引用例発明2を適用して本願発明とすることはできない。

(3)  被告は、引用例2の第2図において、フォーカシングは行わないでズーミングだけを行う場合、フォーカスレンズ群B4が、軌跡C2に示されるように光軸上を移動し、他の移動するレンズ群B2、B3とともに、変倍のために移動する変倍レンズ群の1つとして機能すると主張するが誤りである。

すなわち、引用例発明2においては、ズーミングは変倍レンズ群のみで行うものであり、そのズーミングの結果、被写体が基準物体距離以外の被写体距離にある場合は、1次像の位置が変化するので、その1次像を正しく像面(フィルム面)に結像させるために、フォーカスレンズ群B4を移動させるのである。第2図の軌跡C2は同C1とともにフォーカスレンズ群B4の移動できる範囲を示したものであって、ズーミングの際に、被写体距離情報(2m又は無限遠)に従って、フォーカスレンズ群B4を軌跡C1又はC2のように移動させるという意味ではない。被告主張に従えば、引用例2の第2図に示されたフォーカスレンズ群B4は無限遠から2mまでの被写体距離に応じて、軌跡C1からC2の間で互いに異なる軌跡上を移動することになるが、ズーミングのときに1つのレンズ群が異なる被写体距離に応じて異なる軌跡上を移動するようなズームレンズは存在しないし、C1とC2との間に多数のズーム軌跡を与えるような機構は事実上不可能である。

また、被告は、本願明細書の第1G図及び第2A図を根拠として、本願発明が実施態様としてリアフォーカシング方式を包含すると主張し、さらに引用例1には引用例発明1にリアフォーカシング方式が適用できる旨記載されている(甲第7号証20頁13~17行)とも主張するが、いずれも誤りである。

すなわち、本願明細書に、第2A図につき「第2A図ないし第2C図は本発明のズームレンズの第二の実施例を示すもので、・・・このズームレンズが第一の実施例と異なる点は、負の第3レンズ群が変倍機能だけでなく、フォーカシング機能を持つ点であり、」(甲第2号証18頁12行~19頁3行)と記載されているとおり、第1G図及び第2A図に記載のものは本願発明のバリエーションであって、引用例発明2でいうようなリアフォーカシング方式ではない。また、引用例1は、焦点距離が変化すると、光学特性を満足する最短撮影距離が変化するという問題点に対処するために、焦点距離に応じて最短撮影距離ストッパを移動させるズームレンズを提案したものであり、被告引用部分の記載はリアフオーカシング方式でも最短撮影距離ストッパの構成を採用できるとの趣旨であって、「ズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を有限距離に設定する」技術概念とは全く関係がない。

(4)  したがって、審決の相違点aについての判断は誤りである。

4  取消事由4(相違点bの判断の誤り)

審決認定のとおり、「自動焦点調節の際に、段階的に検出される被写体距離情報やズームレンズの焦点距離情報に基づいて、フォーカスレンズを有限段数に分割した停止位置に停止させる点は本願出願前周知の事項」(審決書12頁13~17行)であること、特開昭61-203431号公報及び特開昭60-252314号公報が当該技術事項を開示していることは認める。

しかし、審決が、上記相違点bについて、「自動焦点調節の際に、段階的に検出される被写体距離情報やズームレンズの焦点距離情報に基づいて、フォーカスレンズを有限段数に分割した停止位置に停止させる点」が、「当業者が適宜採用することのできる設計的事項である。」(同頁19~末行)と判断したのは誤りである。

すなわち、本願発明の主たる特徴は、上記技術事項を前提としたうえ、有限距離に設定した基準物体距離ではフォーカスレンズ群を移動させないという構成の下で、基準物体距離以外の物体距離の場合にフォーカスレンズ群を上記前提に従って制御する点にあり、これによって焦点距離分割量子化誤差を小さくするとの効果を奏するものである。

これに対し、特開昭61-203431号公報及び特開昭60-252314号公報には、焦点距離分割量子化誤差を小さくすることについての問題意識、その解決手段の開示がない。したがって、「自動焦点調節の際に、段階的に検出される被写体距離情報やズームレンズの焦点距離情報に基づいて、フォーカスレンズを有限段数に分割した停止位置に停止させる点」自体が周知事項であるからといって、同様に焦点距離分割量子化誤差を小さくすることについての問題意識のない(フォーカスレンズ群が完全合焦位置で停止するからかかる問題が生じない)引用例1、2に、上記周知事項を組み合せたとしても、本願発明となるものではない。

5  取消事由5(本願発明の効果の顕著性)

審決は、「本願第1発明の効果は、引用例1及び2の各発明から予測される効果以上の格別なものではない。」(審決書13頁1~3行)と判断したが、誤りである。

すなわち、引用例1、2ともに、フォーカスレンズ群を常に完全合焦位置に移動させることができるズームレンズを前提としており、フォーカスレンズ群を有限段数に分割した複数のAF停止位置のいずれかに停止させざるを得ないズームレンズにおける合焦精度の向上という本願発明の効果については、開示も示唆も全くない。

したがって、本願発明の効果が引用例発明1、2から予測されるものではない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

原告は、引用例発明1が被写体距離情報に応じて無段階の完全合焦位置にフォーカスレンズ群を移動させることができるズームレンズを前提とした発明であると主張するが、引用例1の記載全体を見る限り、引用例発明1のフォーカスレンズ群の停止位置が無段階の位置に限られるとする根拠はない。原告の引用する引用例1の記載のうち、甲第7号証4頁18行~5頁3行の部分は従来技術に関するものであり、同12頁13~18行、19頁12~15行の各部分も、引用例発明1のフォーカスレンズ群の停止位置が無段階の位置に限られることが記載されているとはいえない。

そして、引用例発明1において、基準物体距離以外の距離では、焦点距離情報及び被写体距離情報に基づき、フォーカスレンズ群を移動させるのは当然のことであるから、引用例発明1は、有限段数に分割するか無段階であるかを問わず、フォーカスレンズ群をAF(オートフォーカス)されたいずれかの位置に停止させるものである。

したがって、審決の一致点の認定に原告主張の誤りはない。

2  取消事由2(相違点bの認定の誤り)について

審決は、本願発明においては、段階的に検出される焦点距離情報及び被写体距離情報に基づきフォーカスレンズ群を有限段数に分割したAF停止位置のいずれかに停止させるのに対し、引用例1はこのことに言及していないとの趣旨で「停止位置を特定していない」と認定したものであり、事実、引用例1にはその点の言及はない。

したがって、審決の相違点bの認定に原告主張の誤りはない。

3  取消事由3(相違点aについての判断の誤り)について

(1)  引用例発明2の光学系の結像原理が、被写体距離が基準物体距離である有限距離のとき、変倍レンズ群のみによって定まる1次像点が像面とは異なる位置で、かつ、その位置が変倍によって動かないように、変倍レンズ群の軌跡を一義的に定め、移動しないフォーカスレンズ群は、倍率一定で、その1次像を像面にリレーして最終像を得るというものであるのに対し、引用例発明1がそのような結像方式を採っていないことは認める。

しかしながら、引用例2には単にそのような結像原理が示されているだけではなく、引用例2に記載されたズームレンズの変倍原理を客観的に見れば、そのフォーカスレンズ群は、フォーカスのためのレンズ群であるとともに変倍レンズ群であるともいえるのである。

すなわち、引用例2の「第2図は本発明の原理図であり、・・・第2図でB1は固定レンズ群、B2、B3はズーム操作で移動するレンズ群、B4は焦点合わせ用レンズ群である。C3は物体距離4mにおけるレンズ群B4の位置で、この状態で像面Fが一定に保持されるようにレンズ群B2、B4のズーム軌跡が決められている。B4’、B4”はそれぞれ物体距離2m、無限遠の物体に合焦するよう繰出した位置であり、C2は全ズーム位置での合焦位置の軌跡、C1は無限遠物体合焦時の軌跡である。」(甲第8号証2頁左下欄10行~右下欄8行)との記載と、第2図の図示とによれば、例えば、物体距離が2mの物体に合焦しているときに、フォーカシングを行わないで、ワイドからテレへのズーミングを行うと、B4’の位置に置かれたレンズ群B4が、軌跡C2に示されるように光軸上を物体側(第2図では左側)に繰り出されることが示されている。したがって、フォーカシングは行わないでズーミングだけを行う場合、レンズ群B4はフォーカスのためのレンズ群として機能するのではなく、他の移動するレンズ群B2、B3とともに、変倍のために移動する変倍レンズ群の1つとして機能するのである。このことは、レンズ群B4の合焦位置がB4’(2m)からB4”(無限遠)のいずれの位置であっても同様にいえることである。また、引用例2の第4図のレンズ群B4、第6図のレンズ群B3においても同様である。

(2)  原告は、引用例2の第2図における軌跡C1、C2はフォーカスレンズ群B4の移動できる範囲を示したものであるとし、ズーミングの際に、1つのレンズ群が異なる被写体距離に応じて異なる軌跡上を移動するようなズームレンズは存在しないし、C1とC2との間に多数のズーム軌跡を与えるような機構は事実上不可能であると主張するが、そのような機構が事実上不可能であるかどうかは別として、引用例2には、上記のように「C2は全ズーム位置での合焦位置の軌跡、C1は無限遠物体合焦時の軌跡である」と明記されているのであるから、ズーミングを行う際、被写体距離情報に従って、フォーカスレンズ群4を軌跡C1、C2のように移動させるという技術思想が開示されているといえる。

仮に、上記の機構が不可能であるとしても、引用例2の第2図において、有限の基準物体距離においてズーミングした後、所定のズーミング位置において、フォーカスレンズ群B4をC1とC2との間で移動させてフォーカシングすることは十分可能であり、この手順は本願発明の方法の手順と基本的に同じものといえる。この場合においても、フォーカスレンズ群B4は変倍レンズ群の1つであることに変わりはない。

(3)  そうすると、引用例2には、結局、それ自身が変倍レンズ群としても作用するフォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行い、このズーミングによって生じる焦点移動を、該フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正するカメラ用ズームレンズが記載され、ズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を有限距離に設定して、該基準物体距離では、フォーカスレンズ群を像面(フィルム面)に対し固定し、該基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準として、基準物体距離以外の物体距離では、AF停止のためにフォーカスレンズ群を光軸方向に移動させるカメラ用ズームレンズの制御方法が示されているといえる。

そして、引用例1、2が、ともにフォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行い、このズーミングによって生じる焦点移動を、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正するカメラ用ズームレンズにおいて、いずれもズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を設定して、該基準物体距離ではフォーカスレンズ群を基準位置から動かさず、該基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準として、基準物体距離以外の物体距離ではAF停止のためにフォーカスレンズ群を光軸方向に移動させるカメラ用ズームレンズの制御方法である点、及び本願明細書の第1G図及び第2A図に示されているように、本願発明が実施態様としてリアフォーカシング方式を包含するのに対して、引用例1には引用例発明1にリアフォーカシング方式が適用できる旨記載されており(甲第7号証20頁13~17行)、また引用例発明2はそれ自体がリアフォーカシング方式である点を考慮すれば、引用例発明2を引用例発明1に適用して、相違点aに記載した本願発明の構成とすることは、当業者にとって格別の困難性を有することではない。

(4)  したがって、相違点aについての審決の判断に誤りはない。

4  取消事由4(相違点bの判断の誤り)について

「自動焦点調節の際に、段階的に検出される被写体距離情報やズームレンズの焦点距離情報に基づいて、フォーカスレンズを有限段数に分割した停止位置に停止させる点」が周知事項であることは、原告も認めるところであり、引用例発明1に、引用例発明2及び上記周知事項を適用することは、当業者が適宜採用することのできる設計的事項であるから、この点の審決の認定に誤りはない。

5  取消事由5(本願発明の効果の顕著性)について

引用例2の第3表には、同第1、第2図において基準物体距離を無限遠または有限距離に設定したときの光学系の繰出し量、すなわちレンズ群の移動量が比較して記載されている(甲第8号証2頁右下欄9~20行)が、基準物体距離が有限距離のときの方が、ワイド(W)からテレ(T)までのレンズ群の移動量の変化が相対的に少ないことは明らかである。

そうすると、引用例発明1に、引用例発明2及び上記4の周知事項を適用して本願発明の構成とすることは、当業者にとって格別の困難性を伴うことではなく、これによって本願発明と同じ構成を有するに至るのであるから、同様の合焦精度の向上という作用効果を奏することは、当業者であれば直ちに予測できるものである。

したがって、本願発明の効果は、引用例発明1及び引用例発明2から予測される効果以上の格別なものではないとした審決の判断に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)及び取消事由2(相違点bの認定の誤り)について

(1)  本願明細書には、本願発明の「技術分野」として、「オートフォーカスカメラ、特にコンパクトカメラに用いて好適なズームレンズに関し、さらに詳しくは、いわゆるバリフォーカルレンズにおける変倍とフォーカシングを含む制御方法に関する」(甲第2号証4頁14~19行、甲第3号証補正の内容)旨が、「従来技術およびその問題点」として、「変倍に伴って焦点移動が生じるズームレンズは一般に、撮影距離を無限遠にしてズーミングしたとき焦点移動が生じないように機械的に補正されており、・・・このためズーム範囲内での焦点距離の分割段数が少ないと、その分割の分岐点におけるピント誤差量(焦点距離分割量子化誤差)が、近距離側程大きくなる。そしてコンパクトカメラのオートフォーカスは、検出した被写体距離に近い、予め分割した被写体距離に焦点が合うようにフォーカスレンズ群を移動させるため、被写体距離分割の分岐点におけるピント誤差量(被写体距離分割量子化誤差)が避けられず、これに上記焦点距離分割量子化誤差が加わるため、トータルの量子化誤差が大きくなってしまう。つまり近距離程ピントが甘くなる」(甲第2号証7頁13行~8頁9行)ことが、「発明の概要」として、「本発明は、フォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行ない、このズーミングによって生じる焦点移動を、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正するズームレンズにおいて、ズーミングしても焦点移動が生じない補正を行なう基準物体距離を、従来の無限基準から有限距離基準に変えると、上記問題点を一挙に解消できることを見出して完成されたものである。」(甲第4号証補正の内容、2頁13~18行)、「ズーミングによって焦点移動が生じない基準物体距離を有限距離に設定すると、特にその基準物体距離近傍のピント精度が上がる」(同3頁15~17行)ことが、「発明の実施例」として、「第1B図は、基準物体距離を最短撮影距離の約2倍(2.45m)に設定した場合のフォーカスレンズ群Bの光軸方向の移動量を、焦点距離の変化に対応させて示したグラフである。・・・このグラフから明らかなように、フォーカスレンズ群Bは、被写体距離(u)が基準物体距離(u=2.45m)にあるとき、焦点距離が変化しても、一定のAF設定点(ラッチ点)に設定され、設定点は移動しない。つまりズーミングしても、ピントは合ったままに保持される。そして被写体距離がこの基準物体距離より近距離の場合(例えばu=1.30m)には、そのときの焦点距離の長短に応じて、このフォーカスレンズ群Bを近距離側のAF設定点(ラッチ点)に移動させ、遠距離の場合(u=10m、20m、∞)には、同じく焦点距離の長短に応じて、フォーカスレンズ群Bを遠距離側のAF設定点(ラッチ点)に移動させる。・・・第1D図は、基準物体距離を無限遠に設定していた従来装置の、第1B図と同様のグラフである。・・・以上の制御は、具体的には、ズームレンズの焦点距離の情報と、測距装置による被写体距離の情報とにより、図示例では27段あるAF設定点のいずれかにフォーカスレンズ群Bを停止させることによって行なわれる。焦点距離の情報は、最短焦点から最長焦点までを複数段に分割して検出する・・・第1B図と1D図の横線aとbが隣り合う分割された焦点距離であるとする。つまり分割焦点距離aとbの中間にレンズが停止したとき、aとbのいずれかが焦点距離情報として検出されるとする。被写体距離uが1.3mの場合、この隣り合う分割焦点距離aとbに対応するフォーカスレンズ群Bの移動量は、本発明ではΔD1である。これに対し従来例では、ΔD1’であり、明らかにΔD1’>ΔD1である。焦点距離分割量子化誤差は、最大でΔD1’またはΔD1の半分であるから、本発明の方がピント精度が高い。別言すると、本発明の有限距離基準は、より粗い焦点距離の分割で、従来の無限基準と同等のピント精度が得られ、同じ焦点距離分割段数とすれば、より高精度のピントが得られる。」(甲第2号証14頁15行~17頁10行)旨が記載されている。

これらの各記載と前示本願発明の要旨とによれば、本願発明は、変倍(ズーミング)に伴って焦点移動が生じ、かつ、段階的に検出される焦点距離情報及び被写体距離情報に基づき、予め最短撮影距離から無限遠までを有限段数に分割したAF停止位置のうち、当該被写体距離に対応する完全合焦位置に近いいずれかのAF停止位置にフォーカスレンズ群を移動させるズームレンズにおいて、ズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を無限基準に設定する従来例では、焦点距離の分割段数が少ないとその分割の分岐点における誤差量(焦点距離分割量子化誤差)が近距離ほど大きくなり、それに、被写体距離分割の分岐点における誤差量(被写体距離分割量子化誤差)が加わるため、トータルの量子化誤差が大きくなって、近距離のピントが甘くなってしまうという問題点があったので、それを解決することを技術課題とし、基準物体距離を有限距離に設定する構成を採用することにより、被写体がその有限の基準物体距離にあって被写体に合焦しているときには、ズーミングによって焦点距離が変化しても、フォーカシングのためにフォーカスレンズ群を移動させる必要がない(すなわち、フォーカスレンズ群を固定する)ようにし、被写体が基準物体距離以外の距離にあるときにも、隣り合う分割焦点距離に対応するフォーカスレンズ群の移動量の変化が少なくてすむので、焦点距離分割量子化誤差及び被写体距離分割量子化誤差を小さくすることができ、フォーカスレンズ群を有限陵数に分割したAF停止位置に停止させたときのピント誤差を小さくすることができるようにしたものと認められる。

(2)  これに対し、引用例1に、実用新案登録請求の範囲として「複数の変倍駆動枠を変倍駆動用モーターで一体的に回転駆動することによって上記複数のレンズ群を変倍駆動し、上記複数の変倍駆動枠のうちの所定の変倍駆動枠のみフォーカシング駆動用モータで駆動することによって該所定の変倍駆動枠に結合するレンズ群のみを光軸方向に駆動してフォーカシング駆動するバリフォーカスレンズ鏡胴」(審決書3頁14行~4頁1行)と記載され、さらに「この実施例は、短焦点距離と長焦点距離の間を電動でレンズ駆動する形式のバリフォーカスレンズ鏡胴がカメラ本体に固定されたカメラ、いわゆる多焦点コンパクトカメラに本考案を適用した例を示すものである。」(同4頁2~6行)、「変倍駆動モータ29によって所望の焦点距離になるように変倍駆動枠11が回転駆動された状態でフォーカシングをする場合に、カメラ本体に設けられた自動合焦検出回路(図示せず)の出力に基づいてフォーカス駆動モータ27が回転されると、その回転力が出力歯車26によって歯面25’に伝達されフォーカス駆動枠25が回転する。」(同頁8~15行)、「フォーカス駆動に伴って変倍駆動枠4が光軸方向に移動するときの移動量は、詳細を後述する変倍駆動の動作に伴って変倍駆動枠4が回転するときの角度範囲θ1のどの角度位置にその変倍駆動枠4があるかたよって変化する。即ち、第2図に示すように、変倍駆動枠4がテレ側に位置しているときには、近距離ストッパーカム面40とストッパーピン31との移動可能距離ΔXTが大きく、ワイド側に変倍移動枠4が位置しているときには、移動可能距離ΔXWが小さくなっている。また、距離∞に対応する変倍駆動枠4の位置は、第1図に示すように最も右側端に繰込まれた位置にあり、フォーカス駆動モータ27の回転に応じて変倍駆動枠4が近距離側に駆動されるに伴って変倍駆動枠4が前方に移動することになる。」(同頁16行~5頁11行)との各記載があり、これらの記載を総合すると、結局、引用例1には、「複数の変倍駆動枠を変倍駆動モーター29で一体的に回転駆動することによって複数のレンズ群を変倍駆動し、上記複数の変倍駆動枠のうちの所定の変倍駆動枠4のみフォーカス駆動モータ27で駆動することによって該所定の変倍駆動枠4に係合するレンズ群のみを光軸方向に駆動してフォーカシング駆動するバリフォーカスレンズにおいて、上記所定の変倍駆動枠4の角度位置と、カメラ本体に設けられた自動合焦検出回路の出力に基づいてフォーカス駆動モータ27を回転させ、上記所定の変倍駆動枠4を距離∞に対応する位置から前方に移動させるカメラ用バリフォーカスレンズの制御方法。」(同5頁14行~6頁6行)の発明(引用例発明1)が記載されていること、そして、上記引用例発明1の構成は、本願発明との対比(同8頁7行~9頁18行)のうえで「基準物体距離を∞に設定し、距離∞のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させる」(同10頁17~19行)ことに相当するものであること、以上は当事者間に争いがない。

そして、引用例1(甲第7号証)には、上記各記載のほか、「バリフォーカスレンズにおいて自動的に合焦状態にするために、フィルム面と共役な位置に合焦検出素子を配設し、変倍動作中、上記合焦検出素子の出力に基づいて常時測距を行い、フォーカシング駆動用モータで駆動し常時合焦状態にすることは可能である。」(同号証4頁18行~5頁3行)、「変倍動作時の結像位置ずれは、自動合焦検出回路の出力に基づいてフォーカス駆動モータ27を、変倍動作と共にあるいは変倍動作後に駆動することによって、調整することができる。」(同19頁12~15行)との各記載があり、これらの各記載を併せ考えると、引用例発明1のズームレンズは、フィルム面と共役な位置に合焦検出素子を配設して実際の合焦状態を見ながら、自動合焦検出回路によりフォーカスレンズ群を完全合焦位置に移動制御する自動焦点調節機構を備えるものであると認められる。

なお、被告は、引用例1(甲第7号証)には、引用例発明1にリアフォーカシング方式が適用できる旨記載されていると主張し、「また、レンズ構成についても、上記実施例に限られるものではなく、例えばフォーカシング方式もフロントフォーカシング方式に限らず、インナーフォーカシング方式やリヤーフォーカシング方式であっても本考案は適用可能である。」(同号証20頁13~17行)との記載を引用する。

しかし、引用例1に、考案の目的として、「この考案は、・・・その目的は、光学特性を満足しない近距離までフォーカス駆動されることを防止し得るバリフォーカスレンズ鏡胴を提供することにある。」(同号証5頁10~13行)との記載があり、また、上記被告引用部分に先立って「変倍位置に伴う最至近距離位置での位置規制は、変倍駆動枠4の前端縁に、焦点距離に応じた繰り出し量と変倍駆動角に対応した近距離ストッパーカム面40を形成し、固定鏡胴1上に上記近距離ストッパーカム面40と予定の位置で衝接するようにストッパーピン31を固設することによって実現することができ、これによって、テレ時には光学性能を満足する最近距離位置であってもワイド時には光学性能を満たさない近距離位置にフォーカス調整されるのを回避することができる。尚、本考案は、上述し且つ実施例に示されたものに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内で種々変形して実施可能である。例えば、上記実施例に係るバリフォーカスレンズ鏡胴は、カメラ本体に固定されたものとして説明したが、交換レンズにも当然適用可能である。」(同号証19頁16行~20頁12行)との記載があることに照らして、上記被告引用部分は、リアフォーカシング方式でも、光学特性を満足しない近距離までフォーカス駆動されることを防止するための構成を採用できるとの趣旨の記載であって、基準物体距離を有限距離に設定するとの技術概念とは関連がないことが明らかである。

(3)  原告は、引用例発明1が無段階の完全合焦位置にフォーカスレンズ群を移動させることができるズームレンズを前提としており、本願発明のように有限段数に分割したAF停止位置のいずれかにフォーカスレンズ群を停止させざるを得ないズームレンズのもつ焦点距離分割量子化誤差及び被写体距離分割量子化誤差の問題が生ずる余地はないから、審決が、「フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させてAF停止位置のいずれかに停止させる」ことを含めて本願発明と引用例発明1との一致点と認定したことが誤りであり(取消事由1)、また、引用例発明1のフォーカスレンズ群の停止位置は完全合焦位置という点で特定されるのであるから、審決が本願発明と引用例発明1との相違点bを認定するに当たり、引用例発明1が「フォーカスレンズ群の停止位置を特定していない」と認定したことが誤りである(取消事由2)と主張する。

そして、引用例発明1が、自動合焦検出回路によりフォーカスレンズ群を完全合焦位置に移動させる自動焦点調節機構を備えるものであると認められることは前示(2)のとおりであり、そうであれば、引用例発明1に関しては、本願発明のような焦点距離分割量子化誤差及び被写体距離分割量子化誤差の問題が生ずる余地がないことも明らかである。

しかしながら、引用例発明1の自動焦点調節機構が上記のとおりであるのに対し、本願発明のそれが、段階的に検出される焦点距離情報及び被写体距離情報に基づき、予め最短撮影距離から無限遠までを有限段数に分割したAF停止位置のうち、当該被写体距離に対応する完全合焦位置に近いいずれかのAF停止位置にフォーカスレンズ群を移動させる方式である点を別論とすれば、引用例発明1も本願発明も、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させ、焦点距離と被写体距離とによって決定されるAF停止位置に停止させる構成を採用する点で一致することが前示(1)、(2)の認定から直ちに理解されるところである。

そして、審決が、「フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させてAF停止位置のいずれかに停止させる」ことを含めて本願発明と引用例発明1との一致点と認定する一方で、引用例発明1が「フォーカスレンズ群の停止位置を特定していない」ことを含めて本願発明と引用例発明1との相違点bと認定したのは、本願発明の構成と引用例発明1の構成とが前示の限度で一致し、かつ、自動焦点調節の方式の点で前示のように相違することを認定した趣旨であるものと解することができる。そうであれば、相違点bの認定中の「停止位置を特定していない」との表現が措辞やや適切を欠くにしても、その認定自体に誤りはないものというべきである。

したがって、審決の一致点の認定及び相違点bの認定に原告主張の誤りはない。

2  取消事由3(相違点aについての判断の誤り)について

(1)  引用例2に、特許請求の範囲として「焦点距離を変えると、同一物体距離に対する合焦繰出し量が異なるような合焦方法を行うズームレンズにおいて、像面から被写体までの距離が有限距離のとき、焦点合わせ用レンズ群が固定の状態で像面位置が一定に保持されるように、ズーム操作に連動して光軸上を移動するレンズ群の相対位置を変化させることを特徴とするズームレンズの合焦方法。」(審決書6頁10~17行)と記載され、さらに「第2図でB1は固定レンズ群、B2、B3はズーム操作で移動するレンズ群、B4は焦点合わせ用レンズ群である。・・・B4’、B4”はそれぞれ物体距離2m、無限遠の物体に合焦するよう繰出した位置であり、C2は全ズーム位置での合焦位置の軌跡、C1は無限遠物体合焦時の軌跡である。」(同頁18行~7頁4行)、「この第3表において、K1は第1図、K2は第2図で表した光学系の繰出し量である。そして、Xは無限遠から至近2mまでの繰出し量、Xaは物体距離4mから至近2mまでの繰出し量、Xbは物体距離4mから無限遠までの繰出し量である。」(同7頁6~11行)、「本発明においてはC1及びC2がズーム方向となす角度を小さくすることを可能としており、第1図のC1の形状と比較して高速の自動合焦をなし得る滑らかさを持っていることが判る。」(同頁12~15行、ただし、「第1図のC1」とあるのは引用例2の誤記で、「第1図のC2」とするのが正しいものと認められる。)との各記載があることは当事者間に争いがない。

そして、引用例2(甲第8号証)には、上記各記載のほか、「本発明は、リアーフォーカシングによるズームレンズの合焦方法に関するものである。通常のズームレンズの焦点合わせは、最も物体側のレンズ群を繰出すことによって行っているが、この方法は・・・欠点がある。上述の欠点を改善する方法として、ズーミングに際して移動するレンズ群又は像面に近く位置する固定のレンズ群により焦点合わせを行う方法が提案されており、移動レンズ群の軽量化による自動焦点調節の高速化及びコンパクト化が可能となっている。しかしながら上述の所謂リアーフォーカシングでは、焦点距離の変化に応じて同一物体距離に対するレンズ繰出し量が変化する欠点がある。第1図は上述の方法の一例であり、Wは広角端、Tは望遠端を表し、B1、B2、B3、B4はそれぞれレンズ群、Fはフィルム位置である。C1は焦点合わせ用のレンズ群B4の位置で物体が無限遠にある場合であり、C2は近距離の物体に対し像が常にフィルム位置Fに至るように、つまり合焦状態でのレンズ群B4の軌跡を表している。この第1図で判るように、無限遠以外の物体に対する焦点合わせ用のレンズ群の位置B4’は焦点距離が変化すると非線形に変化することになる。・・・本発明の目的は、所謂リアーフォーカシング方式のズームレンズでありながら、・・・フレーミングを行っている際に移動する可能性が高い被写体に対して、ズーミング中に焦点が移動せず、焦点合わせ用のレンズ群の移動範囲を制限した場合にも円滑なズーミング操作を可能とするズームレンズの合焦方法を提供することにあり、」(同号証1頁右下欄6行~2頁左下欄2行)、「本発明に係るズームレンズの合焦方法は、・・・撮影中に移動する可能(注、「可能性」の誤記と認められる。)が高い被写体に対して、ズーミング中のピント移動が全く無いか、或いは小さく抑制することができ、フレーミングを行っている途中でファインダから見て大きくぼけてしまうことがなくなる効果がある。更に、自動合焦を行う際の初期のぼけ量が少ないので、合焦速度を速める効果がある。例えば、一眼レフレックスカメラの場合に、カメラを構えている際に移動するような被写体を、ズーミングによって見失う可能性が減少すると共に、変倍中に自動合焦装置が追随する速度が速くなり、一眼レフレックスカメラの長所を損なわないズームレンズを得ることが可能となる。」(同4頁右上欄17行~左下欄11行)との各記載があり、以上の各記載と第1、第2図の図示とを併せ考えると、引用例2には、像面に近く位置する固定のレンズ群により焦点合わせを行う方式(リァフォーカシング)のズームレンズにおいて、焦点距離の変化に応じて同一物体距離に対する焦点合わせ用レンズ群(フォーカスレンズ群)の合焦繰出し量が変化するという問題があるので、この問題を解決することを課題とし、像面から被写体までの距離が特定の有限距離のとき、焦点合わせ用レンズ群が固定の状態で像面位置が一定に保持されるように、ズーム操作に連動して光軸上を移動するレンズ群の相対位置を変化させる構成とすることにより、フォーカスレンズ群の繰出し量の変化を小さくし、ズーミング中のピント移動が全くないか、あるいは小さく抑制することができ、自動合焦を行う際の初期のぼけ量が少なく、かつ、合焦速度が速いという効果を奏するようにしたズームレンズの合焦方法の発明(引用例発明2)が記載されているものと認められる。そして、上記構成は、ズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を特定の有限距離に設定し、その基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させるということにほかならない。

ところで、被告は、引用例2の前示「第2図でB1は固定レンズ群、B2、B3はズーム操作で移動するレンズ群、B4は焦点合わせ用レンズ群である。・・・B4’、B4”はそれぞれ物体距離2m、無限遠の物体に合焦するよう繰出した位置であり、C2は全ズーム位置での合焦位置の軌跡、C1は無限遠物体合焦時の軌跡である。」(審決書6頁18行~7頁4行)との記載と第2図とに、フォーカシングは行わないでズーミングだけを行う場合、例えば物体距離2mに合焦しているときには同図の軌跡C2のように、レンズ群B4(フォーカスレンズ群)が繰り出されることが示されているとし、その場合には、引用例発明2のレンズ群B4はフォーカスのためのレンズ群として機能するのではなく、他の移動するレンズ群B2、B3とともに、変倍のために移動する変倍レンズ群の1つとして機能すると主張する。

しかし、引用例2の上記記載自体に照らしても、また、前示「焦点距離を変えると、同一物体距離に対する合焦繰出し量が異なるような合焦方法を行うズームレンズ」(審決書6頁10~12行)、「リアーフォーカシングでは、焦点距離の変化に応じて同一物体距離に対するレンズ繰出し量が変化する」(甲第8号証1頁右下欄末行~2頁左上欄2行)等の記載に鑑みても、第2図の軌跡C1、C2は、それぞれの焦点距離の下で、被写体距離に従って合焦状態に移動させる際のフォーカスレンズ群B4の移動の範囲(したがって、同レンズ群が合焦状態で停止する位置の範囲)を示したものと見るのが合理的であり、ズーミングをする際に、フォーカスレンズ群B4を軌跡C1、C2のように移動させるという意味であるものとは到底解し得ない。すなわち、引用例発明2におけるズームレンズは、変倍レンズ群のみでズーミングを行い、その結果生ずる1次像の位置変化をフォーカスレンズ群で補正するものあって、フォーカスレンズ群自体は変倍に寄与しないものと認められる。

(2)  引用例発明1が、基準物体距離を∞に設定し、距離∞のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させる構成をとることは、前示1の(2)のとおりであり、また、引用例発明2が、リアフォーカシング方式のズームレンズにおいて、基準物体距離を特定の有限距離に設定し、その基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させる構成とすることにより、フォーカスレンズ群の繰出し量の変化を小さくするものであることは前示2の(1)のとおりである。

そして、本願発明、引用例発明1及び引用例発明2とも、ズームレンズの制御方法という同一技術分野に属するものであるから、引用例発明1の、基準物体距離を∞に設定し、距離∞のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させる構成に代えて、引用例発明2の、基準物体距離を特定の有限距離に設定し、その基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させる技術事項を適用し、相違点aに係る本願発明の構成とすることは、当業者において容易に想到することができるものと認められる。

(3)  前示1の(2)のとおり、引用例発明1は「複数の変倍駆動枠を変倍駆動モーター29で一体的に回転駆動することによって複数のレンズ群を変倍駆動し、上記複数の変倍駆動枠のうちの所定の変倍駆動枠4のみフォーカス駆動モータ27で駆動することによって該所定の変倍駆動枠4に係合するレンズ群のみを光軸方向に駆動してフォーカシング駆動するバリフォーカスレンズ」を前提とするのであるから、ズーミング(変倍)の際、そのフォーカスレンズ群の駆動枠4が他の変倍レンズ群の駆動枠とともに変倍駆動されるものであることは明らかであり、また、本願発明のフォーカスレンズ群が、ズーミングに際し他の変倍レンズ群とともに移動することも本願発明の要旨のとおりであるが、これに対し、引用例発明2が、変倍レンズ群のみでズーミングを行い、フォーカスレンズ群は変倍に寄与しないことは前示2の(1)のとおりである。

また、引用例発明2の光学系の結像原理が、被写体距離が基準物体距離である有限距離のとき、変倍レンズ群のみによって定まる1次像点が像面とは異なる位置で、かつ、その位置が変倍によって動かないように、変倍レンズ群の軌跡を一義的に定め、移動しないフォーカスレンズ群が、倍率一定で、その1次像を像面にリレーして最終像を得るというものであるのに対し、引用例発明1がそのような結像方式をとっていないことは当事者間に争いがない。

そして、原告は、これらの相違を捉えて、引用例発明2の構成を引用例発明1に適用することは不可能であり、また、適用したとしても本願発明の構成とすることはできないと主張する。

しかしながら、本願発明と引用例発明1とが「フォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行ない、このズーミングによって生じる焦点移動を、上記フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正するカメラ用ズームレンズにおいて、基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、基準物体距離では、フォーカスレンズ群を基準位置から動かさず、基準物体距離以外の距離では、焦点距離情報および被写体距離情報に基づき、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させてAF停止位置のいずれかに停止させることを特徴とするカメラ用ズームレンズの制御方法。」である点で一致するとの審決の認定に誤りがないことは、前示1の(3)のとおりであり、該一致点に含まれる本願発明の構成は引用例発明1の構成から引用されるものであって、審決が引用例発明2から引用する技術事項が「ズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を有限距離に設定する点、及びその基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させる」(審決書11頁17行~12頁1行)点であることは明らかである。

したがって、引用例発明1及び本願発明と引用例発明2との前示の各相違は、引用例発明1に引用例発明2を適用することの妨げとなるものではない。

また、原告は、引用例2は、フォーカスレンズ群を被写体距離に応じた無段階の合焦位置(完全合焦位置)に移動させることのできるズームレンズを前提としているので、合焦精度の低下という問題の開示はなく、引用例発明2が基準物体距離を有限距離に設定することにより奏する効果は合焦速度を速くすることであるから、引用例発明2を適用することにより本願発明とすることはできないと主張する。

しかしながら、本願発明の課題である、段階的に検出される焦点距離情報及び被写体距離情報に基づき、有限段数に分割したAF停止位置のいずれかにフォーカスレンズ群を停止させざるを得ないズームレンズにおける焦点距離分割量子化誤差及び被写体距離分割量子化誤差による合焦精度の低下は、一面では、フォーカスレンズ群のフォーカシングのための移動量の変化が大きいことに起因して生ずるものであること、そして、本願発明は、基準物体距離を有限距離に設定し、その基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させる構成とすることにより、該移動量の変化を小さくして上記課題を解決するものであることは、前示1の(1)の本願発明の認定に照らして明らかなところである。

他方、引用例発明2が、焦点距離の変化に応じて同一物体距離に対するフォーカスレンズ群の合焦繰出し量が変化するという問題の解決を課題とし、ズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を特定の有限距離に設定し、その基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させる構成とすることにより、フォーカスレンズ群の繰出し量の変化を小さくし、ズーミング中のピント移動を抑制し、自動合焦を行う際の初期のぼけ量が少なく、かつ、合焦速度が速いという効果を奏するものであることは、前示2の(1)のとおりである。

そうすると、本願発明と引用例発明2とでは、課題として捉えた表面的な現象こそ異なるとはいえ、ともにフォーカスレンズ群のフォーカシングのための移動量(繰出し量)の変化が大きいことに起因するという点で同種の問題を、同一の構成を採用することにより、当該移動量(繰出し量)を小さくして解決する点で何ら変わるところはないといえるから、本願発明と引用例発明2との上記の課題の相違は、引用例発明1に引用例発明2を適用することの妨げとなるものではないというべきである。

さらに、前示2の(1)のとおり、引用例発明2はリアフォーカシングのズームレンズであるところ、引用例1に、基準物体距離を有限距離に設定する技術概念との関連において、リアフォーカシング方式が適用できる旨記載されているとはいえないことは前示1の(2)のとおりである。しかし、引用例2のフォーカスレンズ群の繰出し量の変化を小さくする前示作用技術は、焦点距離の変化に応じて同一物体距離に対するレンズ繰出し量が変化するというフォーカスレンズ群の一般的特性に対するものであるから、技術常識として、リアフォーカシング方式のズームレンズに限定されない、ズームレンズの技術分野一般における汎用的作用技術として理解できるものである。

(4)  したがって、相違点aについての審決の判断に原告主張の誤りはないものといわなければならない。

3  取消事由4(相違点bの判断の誤り)について

自動焦点調節の際に、段階的に検出される被写体距離情報やズームレンズの焦点距離情報に基づいて、フォーカスレンズを有限段数に分割した停止位置に停止させる点は本願出願前周知の事項であること、特開昭61-203431号公報及び特開昭60-252314号公報がかかる技術事項を開示していることは当事者間に争いがない。

そうであれば、引用例発明1の、自動合焦検出回路によりフォーカスレンズ群を完全合焦位置に移動させる自動焦点調節機構に代えて前示周知の技術事項を採用し、段階的に検出される焦点距離情報及び被写体距離情報に基づき、予め最短撮影距離から無限遠までを有限段数に分割したAF停止位置のうち、当該被写体距離に対応する完全合焦位置に近いいずれかのAF停止位置にフォーカスレンズ群を停止させる本願発明の構成とすることは、単なる設計事項の域を出ないことは明らかである。

そして、そのようにズームレンズのフォーカスレンズ群を被写体距離に対応する完全合焦位置ではなく、これに近い予め有限段数に分割した停止位置に停止させることは、完全合焦位置と実際の停止位置とがほとんどの場合一致しないということを意味するのであるから、これに伴って生ずる分割量子化誤差の問題はおよそ当業者に周知の課題であるものと推認される。

それに加えて、本願発明が、この分割量子化誤差、特に焦点距離分割量子化誤差の問題をフォーカスレンズ群のフォーカシングのための移動量の変化が大きいことによるものと認識して、課題解決のため、基準物体距離を有限距離に設定し、その基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させる技術を採用すること(これに伴って、本願発明の具体的な構成は、上記有限距離に設定した基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、段階的に検出される焦点距離情報及び被写体距離情報に基づき、予め最短撮影距離から無限遠までを有限段数に分割したAF停止位置のうち、当該被写体距離に対応する完全合焦位置に近いいずれかのAF停止位置にフォーカスレンズ群を停止させるものとなる。)が、引用例発明1に、同種の課題認識を有する引用例発明2の技術事項を適用することによって容易に想到することのできるものと認められることは、前示2の(2)及び(3)のとおりである。

そうすると、審決の相違点bについての判断に原告主張の誤りがあると言うことはできない。

4  取消事由5(本願発明の効果の顕著性)について

原告は、引用例1、2ともに、フォーカスレンズ群を完全合焦位置に移動させることができるズームレンズを前提としており、フォーカスレンズ群を有限段数に分割したAF停止位置のいずれかに停止させざるを得ないズームレンズにおける合焦精度の向上という本願発明の効果について開示も示唆もないから、本願発明の効果が引用例発明1、2から予測されるものではないと主張するが、前示2の(2)のとおり、引用例2には、本願発明の上記効果に係る課題と同種の課題認識が、本願発明と同一の解決手段とともに開示されているのであるから、当業者であれば、引用例発明1に、引用例発明2のかかる課題解決手段たる技術事項を適用したものの作用効果に基づいて、本願発明の効果を予測することは容易であるものと解される。

したがって、審決の本願発明の作用効果についての判断に原告主張の誤りはない。

5  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成4年審判第23753号

審決

東京都板橋区前野町2丁目36番9号

請求人 旭光学工業株式会社

東京都千代田区五番町2-13 林五ビル 4階 三浦国際特許事務所

代理人弁理士 三浦邦夫

平成1年特許願第267695号「カメラ用ズームレンズの制御方法」拒絶査定に対する審判事件(平成3年2月20日出願公開、特開平3-39921)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1. 手続の経緯、本願発明の要旨

本願は、平成元年10月13日(国内優先権主張、昭和63年10月15日、昭和63年12月27日及び平成1年4月7日)の出願であって、その特許を受けようとする発明は、手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、その請求項第1~3項に記載されたとおりのものであり、その第1項に記載された発明(以下、「本願第1発明」という。)は、次のとおりである。

「フォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行ない、このズーミングによって生じる焦点移動を、上記フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正するカメラ用ズームレンズにおいて、

ズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を有限距離に設定して、該基準物体距離では、フォーカスレンズ群を固定し、

上記基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、基準物体距離以外の物体距離では、段階的に検出される焦点距離情報および被写体距離情報に基づき、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて最短撮影距離から無限遠までを有限段数に分割したAF停止位置のいずれかに停止させることを特徴とするカメラ用ズームレンズの制御方法。」

2. 引用例

これに対して、当審の拒絶の理由において引用された実願昭62-22685号(実開昭63-130714号)の願書に添付した明細書及び図面(以下、「引用例1」という。)には、次の記載がある。

(1)「複数の変倍駆動枠を変倍駆動用モーターで一体的に回転駆動することによって上記複数のレンズ群を変倍駆動し、上記複数の変倍駆動枠のうちの所定の変倍駆動枠のみフォーカシング駆動用モータで駆動することによって該所定の変倍駆動枠に係合するレンズ群のみを光軸方向に駆動してフォーカシング駆動するバリフォーカスレンズ鏡胴」(実用新案登録請求の範囲第5~12行)

(2)「この実施例は、短焦点距離と長焦点距離の間を電動でレンズ駆動する形式のバリフォーカスレンズ鏡胴がカメラ本体に固定されたカメラ、いわゆる多焦点コンパクトカメラに本考案を適用した例を示すものである。」(明細書第6頁下から6行~同下から2行)

(3)「変倍駆動モータ29によって所望の焦点距離になるように変倍駆動枠11が回転駆動された状態でフォーカシングをする場合に、カメラ本体に設けられた自動合焦検出回路(図示せず)の出力に基づいてフォーカス駆動モータ27が回転されると、その回転力が出力歯車26によって歯面25’に伝達されフォーカス駆動枠25が回転する。」(明細書第12頁第11行~同下から3行)

(4)「フォーカス駆動に伴って変倍駆動枠4が光軸方向に移動するときの移動量は、詳細を後述する変倍駆動の動作に伴って変倍駆動枠4が回転するときの角度範囲θ1のどの角度位置にその変倍駆動枠4があるかによって変化する。即ち、第2図に示すように、変倍駆動枠4がテレ側に位置しているときには、近距離ストッパーカム面40とストッパーピン31との移動可能距離ΔXTが大きく、ワイド側に変倍移動枠4が位置しているときには、移動可能距離ΔXWが小さくなっている。また、距離∞に対応する変倍駆動枠4の位置は、第1図に示すように最も右側端に繰込まれた位置にあり、フォーカス駆動モータ27の回転に応じて変倍駆動枠4が近距離側に駆動されるに伴って変倍駆動枠4が前方に移動することになる。」(明細書第14頁第3~17行)

以上の記載(1)~(4)を総合すると、結局、引用例1には次の発明が記載されている。

「複数の変倍駆動枠を変倍駆動モーター29で一体的に回転駆動することによって複数のレンズ群を変倍駆動し、上記複数の変倍駆動枠のうちの所定の変倍駆動枠4のみフォーカス駆動モータ27で駆動することによって該所定の変倍駆動枠4に係合するレンズ群のみを光軸方向に駆動してフォーカシング駆動するバリフォーカスレンズにおいて、上記所定の変倍駆動枠4の角度位置と、カメラ本体に設けられた自動合焦検出回路の出力に基づいてフォーカス駆動モータ27を回転させ、上記所定の変倍駆動枠4を距離∞に対応する位置から前方に移動させるカメラ用バリフォーカスレンズの制御方法。」

また、同じく特開昭60-6914号公報(以下、「引用例2」という。)には、次の記載がある。

(5)「焦点距離を変えると、同一物体距離に対する合焦繰出し量が異なるような合焦方法を行うズームレンズにおいて、像面から被写体までの距離が有限距離のとき、焦点合わせ用レンズ群が固定の状態で像面位置が一定に保持されるように、ズーム操作に連動して光軸上を移動するレンズ群の相対位置を変化させることを特徴とするズームレンズの合焦方法。」(特許請求の範囲第1項)

(6)「第2図でB1は固定レンズ群、B2、B3はズーム操作で移動するレンズ群、B4は焦点合わせ用レンズ群である。・・・・B4’、B4”はそれぞれ物体距離2m、無限遠の物体に合焦するよう繰出した位置であり、C2は全ズーム位置での合焦位置の軌跡、C1は無限遠物体合焦時の軌跡である。(第2頁左下欄末行~右下欄第8行及び第2図)

(7)「この第3表において、K1は第1図、K2は第2図で表した光学系の繰出し量である。そして、Xは無限遠から至近2mまでの繰出し量、Xaは物体距離4mから至近2mまでの繰出し量、Xbは物体距離4mから無限遠までの繰出し量である。」(第2頁右下欄第16行~20行)

(8)「本発明においてはC1及びC2がズーム方向となす角度を小さくすることを可能としており、第1図のC1の形状と比較して高速の自動合焦をなし得る滑らかさを持っていることが判る。」

(第3頁左上欄第9行~12行)

以上の記載(5)~(8)を総合すると、引用例2には次のような事項が記載されている。

ⅰ.ズームレンズにおいて、像面から被写体までの距離が有限距離のとき、焦点合わせ用レンズ群が固定の状態で像面位置が一定に保持されるようにする点。

ⅱ.物体距離4mからの焦点合わせ用レンズ群の繰出し量がズーム方向となす角度を小さくすることにより、高速の自動合焦をなし得る点。

3. 本願第1発明と引用例1との対比

まず、本願の請求項第1項には、「フォーカスレンズ群を固定し」とあるが、これは明細書及び図面の記載からみて、フォーカスレンズ群を基準位置から動かさないことを意味しているものと認められる。

次に、本願第1発明と引用例1に記載された発明とを対比すると、後者の「複数の変倍駆動枠を変倍駆動モーター29で一体的に回転駆動することによって複数のレンズ群を変倍駆動し」は前者の「フォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行ない」に、後者の「所定の変倍駆動枠4に係合するレンズ群のみを光軸方向に駆動してフォーカシング駆動する」は前者の「ズーミングによって生じ区る焦点移動を、上記フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正する」に、後者の「バリフォーカスレンズ」は前者の「ズームレンズ」に、後者の「所定の変倍駆動枠4の角度位置」は前者の「焦点距離情報」に、後者の「自動合焦検出回路の出力」は前者の「被写体距離情報」に、後者の「フォーカス駆動モータ27を回転」は前者の「フォーカスレンズ群を光軸方向に移動」に、後者の「所定の変倍駆動枠4」は前者の「フォーカスレンズ群」に、後者の「距離∞」は前者の「基準物体距離」に、後者の「距離∞に対応する位置」は前者の「基準位置」に、後者の「前方に移動させる」は前者の「AF停止位置のいずれかに停止させる」にそれぞれ相当し、後者において、基準物体距離ではフォーカスレンズ群を基準位置から動かさず、基準物体距離以外の距離ではフォーカスレンズ群を移動させるのは当然のことであるから、両者は、

「フォーカスレンズ群を含む変倍レンズ群を光軸方向に移動させることによりズーミングを行ない、このズーミングによって生じる焦点移動を、上記フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させて補正するカメラ用ズームレンズにおいて、

基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、基準物体距離では、フォーカスレンズ群を基準位置から動かさず、基準物体距離以外の距離では、焦点距離情報および被写体距離情報に基づき、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させてAF停止位置のいずれかに停止させることを特徴とするカメラ用ズームレンズの制御方法。」である点で一致し、次の点で相違している。

a. 本願第1発明が基準物体距離を有限距離に設定し、その基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させているのに対し、引用例1に記載された発明では基準物体距離を∞に設定し、距離∞のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を移動させる点。

b. 本願第1発明では焦点距離情報および被写体距離情報が段階的に検出されるとともに、フォーカスレンズ群を最短撮影距離から無限遠までを有限段数に分割したAF停止位置のいずれかに停止させるのに対し、引用例1に記載された発明では焦点距離情報及び被写体距離情報の検出態様及びフォーカスレンズ群の停止位置を特定していない点。

4. 当審の判断

そこで、上記相違点について検討する。

a. の点については、引用例2にズームレンズにおいて、像面から被写体までの距離が有限距離のとき、焦点合わせ用レンズ群が固定の状態で像面位置が一定に保持されるようにする点、及び物体距離4mからの焦点合わせ用レンズ群の繰出し量がズーム方向となす角度を小さくすることにより、高速の自動合焦をなし得る点が記載されているので、引用例2にはズーミングしたとき焦点移動が生じない基準物体距離を有限距離に設定する点、及びその基準物体距離のときのフォーカスレンズ群の位置を基準位置として、フォーカスレンズ群を光軸方向に移動させることが示されている。

そして、引用例1、2ともにズームレンズにおけるフォーカスレンズ群の制御方法に関するものであり、引用例1がフォーカスレンズ群を無限遠の物体距離における位置から移動させるのに対し、引用例2ではフォーカスレンズ群を無限遠の物体距離における位置から移動させるのに換えて有限の物体距離における位置から移動させるようにするものであるから、引用例1記載の発明に引用例2記載の技術を適用してa.のような構成とすることに格別の困難性を見いだすことはできない。

b. の点については、当審の拒絶の理由において示したとおり、自動焦点調節の際に、段階的に検出される被写体距離情報やズームレンズの焦点距離情報に基づいて、フォーカスレンズを有限段数に分割した停止位置に停止させる点は本願出願前周知の事項であり(例えば、特開昭61-203431号公報、特開昭60-252314号公報参照)、この点は、当業者が適宜採用することのできる設計的事項である。

さらに、本願第1発明の効果は、引用例1及び2の各発明から予測される効果以上の格別なものではない。

5. むすび

以上のとおりであるから、本願第1発明は、引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年9月21日

審判長 特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

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